オペレッタとミュージカル

 オペレッタとミュージカルの違いは何か。もちろんそれぞれ音楽的な特徴を持っているし、作られた時代も違う。現代におけるこの二つのジャンルのもっとも分かりやすい相違点は、PA(※)の使用を前提に音楽が書かれているかどうかという事だろう。

※PA …… Public Addressの略。「大勢の人々に発言する」という意味から、マイク、アンプ、スピーカーなどによる電気的な拡声・音響システムのことを指す。

 ここで注意したいのは、「PAが使用されているか」だけではなく、「PAの使用が前提に作曲されているか」という事も含まれる。PAを使用することは、単に声のヴォリュームを拡大するという事にとどまらない。根本的に表現のしかたそのものが変わる事を意味する。そして、演奏者の表現方法が変わることで、当然作曲スタイルも変わる。それがすなわち、もっとも分かりやすいオペレッタとミュージカルの相違点となる。

 もちろん実用的なマイクの歴史自体が浅いので、初期のミュージカルではPAは使われなかったし、現代でも小さなスペースにおいてマイクを使わない公演もある。だがここで触れるのは、初期のそれでなく、国際的に市民権を獲得して以降のメジャーなミュージカルについてである。また、オペレッタにおいてもメルビッシュ湖上音楽祭などのようにマイクを使う場合もあるが、これは野外の大きなスペースで行われている特殊な例なので、ここでは触れない。

 オペレッタはPAを使用せず、オペラを歌うときと同じような発声法で歌われる。ストレートプレイ(歌などを伴わない純粋な演劇)などでも、マイクを使わないで普通に台詞を言うことも少なくないから、ナマの声で歌うことも同じようなものだと思うかもしれない。しかし、オペラの場合、舞台と客席の間にはオーケストラピットがあり、そこでオーケストラがやはりナマの音を出しているのだ。小編成でも20人か30人、大きな規模のオペラになると100人ものオーケストラが演奏する音を突き抜けて客席へ声と言葉を届けることは、並大抵のことではない。このためオペラ歌手はいわゆる地声とは違った、身体を共鳴させる特殊な発声法を身に付けることが必要になる。

 オペレッタの作曲家は、そういうオペラと同じような歌い方を前提として曲を作った。少なくとも、十九世紀のオペレッタ、すなわちオッフェンバックやスッペ、J.シュトラウス二世のオペレッタはそうだと言ってよい。レハールやカールマンが活躍する二十世紀になると地の芝居や踊りの要素が大きくなってくるので、必ずしもオペラ的な歌唱法が要求されない役や曲も少なからず登場するが、メインの役が歌う曲はやはりオペラが歌える力がなければ歌いこなせないだろう。

 なぜミュージカルはPAを使用するようになったのか。それは大きく言って二つの理由による。

 一つは、より大きな会場での繰り返しの上演に耐えられるためという、商業的な理由による。オペラの場合は歌手の繊細な声を守るために、過密な連続上演などは避ける。また、大人数が収容できても音響的に問題のある劇場で歌うことでの、歌手の喉と身体への負担は想像に難くない。ミュージカルはマイクを使うことで、その負担を軽減する。歌手は会場のアコースティックを気にすることなく、比較的連続して舞台に立つことができる。シングルキャスト、あるいはダブルキャストくらいの歌手が長期にわたって一つの作品を上演できることは、カンパニーの経済的な効率を上げることにつながる。

 もう一つの理由は、その表現内容に由来する。歌手がオーケストラを伴ってマイクを使わずに歌うのは大変な作業であるということは既に述べた。そのため、オペラ・オペレッタの場合は歌手が歌以外の要素に必ずしも多くのエネルギーを割くことが出来ない。しかし、ミュージカルの場合は演劇的な要素や踊りの要素がオペラ・オペレッタ以上に要求される。「歌を歌っているから踊れません」は通用しないのである。主役級のキャストが激しいダンスを踊りながら、リアルに芝居をし、かつ歌を歌う。その要求を満たすために、現代のミュージカルはPAの力を借りる。ミュージカルの特徴として、伝統的な音楽スタイルの枠にとどまらずロックやジャズ、ラテン音楽などの要素を取り入れて表現の幅を常に拡大し続けたことが挙げられるが、これができたのは、PAの使用が前提にあってのこと。

 もちろんオペレッタでも二十世紀に入ると、それまで以上にリアルな芝居やレヴュー的な踊りの要素が要求されるようになり、それに応えた音楽も挿入される。シュトルツやベナツキーの作品に至ってはほとんどミュージカルと言ってもよいナンバーも多い。それらの作品はもちろん素晴らしい作品だが、個人的には表現されている様々な要素が飽和しているという印象を禁じえない。表現の枠をとっぱらい、やがてPAを導入するといういわば革命的な転換をしたミュージカルと、シュトルツやベナツキーを最後にその歴史を閉じたオペレッタとの境はそこにある。

 では、オペレッタもマイクを使えば可能性が広がるのであろうか。

 オペレッタの作曲家が前提としているのは、基本的にはオペラを歌うのと同じ発声法、すなわち広義な意味での「ベルカント唱法」と言われるテクニックである。音楽はドラマに寄り添いながらも、音楽として、あるいは純粋に声としての表現フィールドを持つ。ところが、これらの音楽を歌うための声は、実はマイクとは相性が悪い。ミュージカルで歌われるような輪郭のはっきりした地声はマイクで捉えやすいのだが、優れたオペラ歌手の声は豊かな倍音に包まれているため、声も言葉もマイクにうまく乗りにくい。マイクの特性に合わせた声で歌うことは、曲が要求する音楽的な声や表現を捨てることにつながりかねない。また、ナマの声とナマのオーケストラが響きあう独特のサウンドの広がりは、PAでは今のところ再現できない。たしかにPAを導入することでミュージカルはジャンルとして現代に生き残るための表現を得た。だが、同時に失った表現も大きい。PAによって「表現方法が増えた」と言わずに「表現方法が変わった」と言うのは、そういう意味である。

 オペレッタとミュージカルの優劣を論じているのではない。それぞれの音楽のスタイルに即した表現方法があり、それが一見重なり合うように見える二つのジャンルに自ずと境界線を引く。それは、音楽をとるか演劇をとるかというような単純なことではなく、狭間にあるものがどこに軸足を置いているかという問題だ。オペレッタはPAによって得られる表現の可能性を捨ててまでも、ナマの音楽でしかできない表現領域をコンサーヴした。そのことこそ、オペレッタがオペラの発展形でありながら、同時にオペラの一形態としてクラシック音楽に内包される位置にあり続けている所以である。